掲載記事一覧

 会員入り口

入会手続き

 図書の購入

立ち読みコーナー

 よくあるご質問

お問い合わせ

 会社概要

幼児教室(首都圏)

幼児教室(関西)

トップページへ


連載企画 願書・面接資料の書き方

第42回

●子どもの援護射撃になる願書・ならない願書



みなさんが願書を提出すると、いきなり面接の場に登場するのではなく、事前に校長先生か入試担当の教師が読みます。その際に読み手の反応は2つにわかれます。

1つは、「とくに印象に残らなかった」というケースです。これが大半です。願書の文面からは、保護者がどんな人か、どんな考え方をしているかなどに興味をもつことはないし、面接のときに聞いてみたいという箇所もなかったというケースです。可も不可もなしです。校長先生方の口癖になっている「判で押したような願書」です。

なぜ、印象に残らないのかというと、志望校の教育方針と家庭の教育方針との一致にこだわった場合、どうしても内容は抽象的になるためです。わが家の教育方針を志望校の教育方針にあわせて書こうとした場合、どうしても内容にムリが出ます。書いたご本人にはその辺のムリ、矛盾はあまり感じないようですが、初めて読む人にはストレートに伝わって来ます。

「思いやり」がキーワードになっている学校であれば、志望理由も家庭の教育方針もわが子の性格も、すべて「思いやり」に引きずられますから、読み手には、「こじつけだ」とか「一体、何が言いたいのかがわからない」という内容になってしまうのです。

志望校の教育方針と家庭の教育方針との一致というパターンが悪いのではありません。このセオリーにビタリ当てはまる家庭もあると思います。しかし、皆さんが同じようなパターンで書くから、「判で押したような願書」になってしまうことが問題です。せっかく苦労して書いても、「またか‥‥」でしっかり読んでもらえないことが少なくないのです。

こうした場合、願書にコメントが書き込まれないケースが多いようです。コメントの書きようがないのです。何十枚何百枚と目を通すのですから、ムリに質問材料を探すような手間のかかることはしないでしょう。

もう1つは、「印象に残る願書」のケースです。この保護者の考え方や子育てなら「うちを志望するのは自然」と読み手を納得させるだけの願書です。この場合、願書には、「しっかりした親」とか「面白い」、「この箇所、もっと聞いてみたい」などのコメントがつくようです。

どんな願書が印象に残るかですが、願書をチェックする立場になってみれば簡単にわかることです。とりあえず、できることは「判で押したような願書」にしないことです。むずかしいことではありません。志望理由であれば、わが子は将来こういう生き方をしてほしいと思っているとか、自分の後を継いで医者になってもらいたい、そのためにこういう姿勢でわが子の子育てに臨んでいると素直に書けばいいのです。この子育ての部分は、「家庭の教育方針」欄が別にあればそちらに回します。

この書き方では、志望校のどんなところに魅力があって志願したのかが書けないという不安が出ると思いますが、それでいいと割り切ってください。そもそも、ほとんどの保護者は志望理由の本音を書けないのです。何を書くかと言えば、教育方針がどうの、学校説明会での校長先生の話に感動したとか、先生方の熱意あふれる指導にどうした‥‥という材料しかありません。それではみんな同じ願書になってしまいます。

願書それ自体は合否には関係しません。要は、子どもの成績しだいです。だから、願書の文章にはそんなにこだわらなくてもいいのですが、面接には確実に影響を与えます。「滑り止め受験」や「判で押したような願書」の場合、質問材料がない、つまり、保護者にあまり興味がありませんから、面接は型どおりの一問一答になります。それでも保護者の面接で致命的な失敗がなければ、親の面接点は合否にはほとんど影響しません。合否は子どもの成績しだいとなります。よく校長先生方が、「保護者の面接は合否に影響させません」というのは、「ボロをださない限り」が前提です。

一方、願書を読んで、この保護者に入学してほしいという印象をもった場合、面接官は、自分の第一印象に沿った質問をします。当然、「好意的な一問一答」になります。なぜかというと、無意識のうちに、自分の第一印象を信用してしまうからです。この場合、合否は子どもの成績と親の評価点が加わりますから、ぐんと有利になります。

願書はよく考えて書いてくださいと申し上げるのは、子どもの援護射撃になるからです。「判で押したような願書」では援護射撃にはなりません。小学校受験で父親の出番はほとんどありません。願書くらいは精魂込めて書いてあげてください。




トップページへ

会員ページ一覧へ