●「やりたいことが自由自在にできる能力」を育てる
――FA研(日本幼児基礎能力研究会)には、小学校や幼稚園・保育園などの教師が数多く参加しており、その指導理念、指導法は注目されていますが、具体的にどんな特徴がありますか。
田村 ここでいう「幼児の基礎能力」とは、「やりたいことが自由自在にできる能力」という意味です。ピアノやバイオリンを弾けたらいいと思っても、基礎的なことを学んでいなければ弾くことはできません。
象さんの絵を描きたい、田舎のおばあちゃんに手紙を書きたいと思っても、いきなり絵が上手に描けるわけではないし、文字が書けなければ手紙も出せません。魚のようにすいすい泳ぎたいというのであれば、泳げるようにしてあげればいい。要するに、「自由自在の能力」を育てるというのが、私どもの指導の目的です。
――幼稚園・小学校受験のための受験指導とは、どれくらい重なりますか?
田村 一般的に、幼児教室では過去問の後追い的な授業が多いようですが、私どもの場合、試験に出る出ないにかかわらず、前述の「自由自在の能力」を育てるという観点でカリキュラムを組んでいます。
受験を第一の目的にして、入試問題だけを意識すると非常に偏った、幼児期の教育としてはバランスの悪い指導になりかねません。仮に私どもの指導内容を10とすれば、幼稚園・小学校受験に必要とされるものは3から4くらいでしょう。どんな試験をされても対応できる、応用力のある力をつけることこそ肝要ではないでしょうか。
私立の場合、それぞれ建学の精神や教育方針に違いがあります。ペーパーテストの成績はよかった、行動観察も面接も問題がなかったとしても、「うちの学校に合う・合わない」というモノサシが入る場合もあります。こうしたことも踏まえ、生徒の大半が小学校の入試に挑戦する以上、授業だけでなく学校選びの段階からご家庭ごとにきめ細かな受験指導を行っています。とくに地元の星美学園には毎年20名の以上の合格者を出しているし、立教、幼稚舎、東京女学館などの人気校にもそれぞれ合格実績をもっています。
●幼児に必要な知恵は集団行動の中から身につく
――授業を拝見すると、子どもの群れを自在に操っているという印象ですが、これもFA研独自の指導法ですか?
田村千春 「操っている」というより、幼児の特性を考えた上での指導法です。幼児というのは、やかましい、落ち着きがない、計画性がない、反省しない、集中力がない、自己中心的、興味のないことには身体が動かない、行動と思考が同時など、ま、言い出したらキリがありませんが、そういう生き物だという前提で指導する必要があります。
幼児は、歩き始める1歳半ぐらいからいろいろな能力を身につけていきますが、知的能力や性格、行動パターンといったものは、実は、群れの中で身につけています。とくに小学校受験で必要な能力とされている表現力とか協調性、リーダーシップといったものは、群れの中でしか身につけられないのです。
このため、私どもでは、1クラスあたりの人数を約20人とちょっと多めに設定しています。しかも、この1時間の授業の中に知育、運動、音感、造形などのいろいろなテーマを組み込んでおり、それぞれのテーマを学習するのは約10分です。非常に短い時間のようですが、学習の集中力が持続するのは10分が限界です。それを過ぎると集中力はガクっと下がります。これも幼児の特性を考えた時間配分です。
田村千春 運動の授業では、たとえば、10人ずつ2チームに分けて、「あそこにあるポールまで走って行って、ボールを5回ついて、戻ってきたら次のお友達にタッチして、自分はまた後ろに並びなさい」と細かい指示を出しますが、子どもたちをチームで競わせます。「競いたがる」のも幼児特性の一つです。
「勝ちたい」という気持ちがあるからゲームに集中します。ふざけたり、ぼんやりしている時間はありません。最初のうちは、よそ見をしていて先生の指示を聞き逃したり、おっとりとした子は、どうしてもワンテンポ遅れますが、教師は、「さあ、急ぎなさい」とか「頑張りなさい」とは言いません。
でも子どもというのは、みんなと同じようにパッパッと行動したいのです。何回か集団行動をするうちに、いつの間にかパッパッと行動するようになります。ですから私どもの場合、いったん授業が始まると、子どもはいつも先生に集中しているという状態になります。先生が、さあ、今度はこれをしようと言ったときには、10人から15人の子どもたちが一斉に行動します。お母さん方もびっくりします。うちの子はあんなに行動的だったのかと(笑)。
――手品を見ているようです(笑)。何も指示していないのに、子どもたちがキビキビと動くのはなぜですか?
田村 要するに、先生の指示にパッと反応したら、楽しいことが待っているとか、それまでできなかったことができるようになったという成功体験が何回もあるからです。ポイントはテンポよく指示を出していることです。
もう一つつけ加えると、やらせすぎないことですね。私どもの授業では、さきほど申し上げたように、一つのことは10分ぐらいしか時間をかけていません。そうすると、飽きたとか、嫌だとか、やりたくないと思う間もなく次の課題が始まります。パッパッとスピーディにやっていく中で集中力が自然と身に付きます。
しかも、どの授業でも、子どもたちが「もうちょっとやりたい」という微妙なところでやめていますから、子どもたちはいつも、「次はどんなことをやるんだろう」と期待感いっぱいで先生の話を聞くようになります。
●子どもの呼吸にタイミングを合わせる
――子どもを指導するときは、その「パッパッパッ」というリズムがポイントですか?
田村千春 ええ。子どもと大人では心臓の鼓動の早さが倍くらい違います。大人は1分間に60〜70くらい鼓動を打ちますが、幼児は120くらいです。心臓に血液を送るためにも、ネズミのように小さい生き物は必然的に素早く動き回るということになります。
ということは、体の小さい子どもにとって大人のペースで授業をしてしまうと合わないんですよ。授業に集中できないのは、子どもに原因があるのでなく、前置きが長いとかテンポがゆっくりで飽きてしまうなど、子どもの生理に合わないのです。大人にはちょっとしんどいくらいが子どもにはちょうどいい速さなんです。ここの子どもたちが授業に集中しているのは、教師と子どものテンポが合っているからです。
田村 もう一つは、子どもを待たせないことです。たとえば、先生が「さあ、今日はお弁当の絵を描こうか」と言ったときには、もう子どもの頭の中では何を描くかが決まっていますから、すぐ描ける状態にしておかなければいけません。さあ、今日はお弁当の絵を描こうね、これから画用紙とクレヨンを配るから、静かに待っているのよ‥‥では、用意ができたときには、もう子どもの関心は別のところに行ってます。
子どもを相手にするときは待たせないこと、これがポイントです。先生が何かをやろうと言った瞬間に、もう子どもたちはやりたくなっていますから、それに合わせていろんなことを準備しておかなければなりません。
●1日1文字、3年間でハリーポッターを読める
──「読み書き」はどう指導していますか。
田村 教材(ノート)が1番から36番まで36冊あります。最初は、1番のノートから始めます。1ページに1文字、「あ」なら「あ」と、文字の上をなぞって書くだけです。次は2文字と徐々に増えていきます。反対言葉やつまる言葉、さらにカタカナや単文と、順番にレベルアップして行きます。書くときは、必ず声に出しながら書かせます。
ノートは1冊24ページですから、1か月で1冊。1年で12冊、3年間で36冊まで勉強することになります。スタートは1日1文字ですから、ゆっくりしたペースですが、小学校に入る頃には、ハリーポッターを自由自在に読めるようになります。
──年長から入った場合、3歳から通っている子とは大きな差がついていますね。
田村千春 でも、その子の能力に応じて途中の番号から始めます。どのレベルから始めるかはさまざまですが、1か月後の授業ではどの子が後から入ってきたのかわからなくなるほどです。むろん、3歳から教室に通っている子とは知的能力には開きがありますが、先生の指示に従うとかいろんなルールを守るなどの集団力の面では、それほど差がつきません。自分と同じ年頃の子が、いろいろなことができると、自分も早くそうなりたいと意欲が出るから伸びが早いのです。そこが集団教育のよさですね。
──家でノートを勉強させるときの注意点は何ですか。
田村 習慣化する。学習時間は短め。飽きる前にやめる。ただ、それだけです(笑)。
──早く終わってしまう子もいますか。
田村 ええ。「1日で1冊やっちゃった。先生、次の20番ちょうだい」という子もいます(笑)。でも、次から次へとむずかしいものをやらせることは好ましいことではありません。幼児期というのは、反復学習に最適な時期です。子どもが飽きなければ何回でもくり返します。「できることを、より上手にできるようにする」という指導も、FA研の指導法の特徴です。
たとえば、5段の跳び箱を跳ばせようと思ったら、4段を何回も何回も飛ばせます。子どもは喜んで何回でも跳びます。そのうち、もっと高い段を跳びたいと言ってきますから、そうしたら5段を跳ばせますが、そのときはもう5段をラクに跳べる力がついているのです。
4段が飛べたら、すぐにも5段に挑戦させたいと思うかもしれませんが、そうすると、4段が飛べたという楽しさを味うことができないのです。努力ばかりで終わってしまうのです。そのうち跳び箱は嫌いだと言い出します。子どもというのは、失敗体験からは何も学びません。成功体験だけが子どもを伸ばします。ですから、「できることを、より上手にできるようにする」という指導法が大切なのです。
●絵日記は日付けとお天気マークを書くだけでいい
──こちらでは毎日絵日記を書かせていますが、間違った字を書いていたらどうするんですか。
田村千春 直しません。絵日記は子どもにとっては大好きな宝物です。字が違うとか、絵がはみ出ていると言って書き直させたら、絵日記を書くことが嫌いになってしまうからです。そして、ご両親にはあまりほめないようしてくださいと申し上げています。ほめてもらうために描くようになるからです。よく先生が日記にコメントを書きますね。あれをすると、最初は喜ぶけれど、そのうちほめてもらいたいために書くようになります。
ですから、私どもの場合、コメントは書きません。絵日記に「よくできました」の認め印を押すだけです。字が間違っていても、絵がはみ出ていても、子どもが楽しんでいればいいのです。今直さなくても、小学校に行くようになれば自然と直りますから。それから日記を書けない日もありますが、「日付とお天気マークを書いたら、それで終わりにしてもいいんだよ」と言ってあります。プレッシャーも感じずに、また翌週にはいっぱい書いてあります(笑)。
──ところで、どんな受験指導をしていますか?
田村 ほとんどのお子さんが受験を前提に通っていますから、その辺は心得て対応しています。ペーパー問題にしても、絵画や巧緻性、運動などについても、一人ひとりの志望が叶えられるようご家庭との連絡を密にとりながら、時間をかけて力を育てていきます。ですから、直前の受験指導といえば、願書の書き方や面接対策のアドバイスがメインになります。志望校に合格できるように全ての受験準備に関わることが私達の受験指導です。
――ありがとうございました。