幼児教室の先生から、「この志望理由にはインパクトがない」「どうしても入りたいという熱意が感じられない」「もっと具体的に」などのアドバイスを受け、いったいどう書いたらいいのか、頭を抱えている人もいると思います。でも、こう考えたら、少しは気がラクになるし、スラスラと書けるかもしれません。
*このホームページの「願書の書き方講座」では、「御校のコレコレに共感して」とか「コレコレに魅力を感じて」「学校説明会のときの校長先生のお話に感動して」式の志望理由はあまりお勧めしていません。というのは、みなさんが一生懸命に書いた志望理由は、多くの場合、読み手(校長先生など)が「またか‥‥」と受け止めているケースが多いのが現実だからです。
*「判で押したような」と言っていた校長先生もいましたが、それほど似たり寄ったりなのです。試験官は、同じような志望理由を何百枚も読み、しかも短い文章の中から瞬間的に面接時の質問材料を探さなければなりません。「瞬間的に」というのは、1枚1枚の願書をじっくり読み、この親からは何を質問するかを探し出す余裕がないからです。「すっと流し読みをして、ピッとひっかかった記述(言葉)に赤線をひく」というのが実態です。
*学校側がもっとも知りたいことは、親がどんな考え方・方針の下に子どもを育ててきたかです。学校説明会などでは、「本校のことをよく理解したうえで志願してください」と念を押されていると思いますが、だからといって、校長先生のお話に感動しましたとか、いろいろな行事も拝見し、先生方の熱心な姿勢に心を打たれ‥‥といくら強調しても、誰もが思いつくような志望理由はみんなが書いているのです。
*それに、この学校以外は受験しないという受験者はほとんどいません。多いケースで7〜8校、少なくとも2〜3校は受験すると思います。ということは、どうしてもその学校でなければならないという「確固とした信念(理由)」があっての志願ではありません。「インパクトがない」「抽象的」「判を押したような文面」にならざるを得ないのは当たり前です。「この志望理由では、どうしてもこの学校に入りたいという理由(気迫)が伝わってこない」のはやむを得ないのです。
*学校が「志望理由」にこだわるのは、教育方針がどれくらいわかった上で入学を希望しているかを知りたいためです。単に、教育方針を理解しているだけでなく、家庭の教育方針と合うのかどうかも考えてくださいよ、という意味も当然含まれています。どんなに志望校の教育方針が魅力的だったとしても、また、どうしてもそこで学ばせたいという熱意があったとしても、その学校の教育方針に合わない子育てをしてきたのであれば、入学後に苦労するのは子どもであり親です。入学してから「こんなはずではなかった」と苦情を持ち込まれるリスクを学校が避けたいのは当然です。
このため、「本校がどんな学校かをよく理解して」と強調するのです。しかし、試験官が「ピッと反応する」のは、志望校の教育方針の理解や熱意ではなく、多くの場合、「わが家の子育て」の部分です。
*それに、ここが肝心なところですが、志望理由の出来不出来が合否にどれくらい影響するかといえば、よほどトンチンカンなことを書かないかぎり、「ほとんど影響しない」が正解でしょう。それが常識です。学校説明会には出席していないし、願書締め切りの間際に出願したという場合でも、合格しているケースはけっこう多いのです。
「記念受験」や「場慣れ目的」で受験した場合、どんな「志望理由」だったかは想像できます。それでも合格しているのです。むろん、だからといって、志望理由はテキトウでいいとは言いませんが、少なくとも大人が締め切り前に四苦八苦するようなものではないのです。
*志望理由の文言に苦労するよりも、願書にも第一印象があるということを考えてください。文章というのは書き手の人柄や育ち、教養といったものが自然とにじみ出ます。何人かの校長に聞いたこともあるし、私自身、数十通の願書を拝見して何度も経験していることですが、願書の中には、この親には会ってみたいとか、この母親が育てた子どもなら何も心配はないと推測できるような第一印象のいい願書もあります。
*第一印象のいい願書というのは、志望理由も家庭の教育方針もわが子の長所短所も、「好意的に質問してくる」というメリットがあります。面接でも、第一印象のいい人に対して、厳しい質問をしたり、答えの矛盾点を追及してくるようなことはあまり考えられません。それと同じです。ですから、志望理由を書くことに悶々とするよりも、「第一印象のいい願書づくり」にエネルギーを向けてください。