連載企画 願書・面接資料の書き方

第30回 フリーページです

●短文でも人柄や品格が出る





そろそろ願書を書く時期になりました。多くの方が何回も書き直しをすることになると思いますが、その際、心に止めておいていただきたいことがあります。「文は人なり」といわれているように、文章には自然と書き手の人柄や品格がにじみ出ているものです。これを大事にしていただきたいのです。

「願書の書き方講座」に、このお母さんに育てられたお子さんならテストをする必要はないし、両親の面接をする必要もないと思えるような「カンペキな願書」が送られてきたことがあります。内容的に添削の必要がないだけでなく、それ以上に感心させられたのは、書き手の人柄や品格が推測できるような文章なのです。人柄はともかく品格まで推測できる文章というのは珍しいケースです。こういう場合は、できるだけ文章をいじらないようにお願いします。

最近の例では、幼稚園受験(2年保育)を考えているお母さんから送られてきた「家庭の教育方針」です。「○歳のときから○○を習慣づけ」「自分の洗濯物をたたませる」「食器の後かたづけ」、さらには「公園などではお友達と積極的に関わりをもたせるように」など、PRしたいことを150字内にたくさん盛り込んでいるにもかかわらず、誇張しているとか、あるいは嫌みといったものがまったく感じられません。このお母さん、言いたいことがいっぱいあるんだなと好感を持ちます。

ふつう、アレもコレもとたくさん書いているときは、話をもう少し絞り込んでくださいとか、ちょっと控えめのほうが好感をもたれますなどといった注文をつけるのですが、このお母さんの場合、書かれている内容よりも文章から伝わってくる人柄の良さのほうに好感がもてます。気負いがなく、素直ないい文章です。トクですね、こういう文章がすらすら書ける人は。

文章にも第一印象があります。「願書の書き方講座」の場合、手書きの願書ではありませんから見た目の印象ではなく、文章を一読したときの印象です。第一印象のいい文章というのは、意識して書けるものではないし、また、何回も書き直しをすればいい文章になるというわけでもなさそうです。というのも、何回か書き直しているうちに、第一印象のよさがうすれていく場合があります。いろいろな人に意見を求めたり、内容に関して指導を受けていくうちに、最初に書いた文章のよさ、雰囲気といったものが消えてしまうのです。

文章というのは、書き直しをすればするほどよくなるケースと、逆に最初の「いい雰囲気」が消えてしまう場合があります。エッセーや感想文と違って願書ですから、文章の雰囲気などとあやふやなものに気をとられる必要はないのですが、書き直しが多くなれば、どうしてもパターン化した無味乾燥な願書になってしまいます。

「志望理由」や「わが家の教育方針」「わが子の長所短所」などは、パターン化しているのが現実のようです。「判で押したようです」と酷評する校長もいます。「パターン化した願書」には個性が感じられません。人柄も品格も感じられず無味乾燥な文章になるのはやむを得ません。

そういう願書が多い中、書き手の人柄がにじみ出ているような願書は読み手に強い印象を残します。自分の文章には書き手の人柄が感じられるかどうか、ご主人(奥さんに)にそういう目で見たときの感想を聞いてください。書き直しはほどほどに。




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