はじめての幼稚園・小学校受験

第2回●いつでも受験をやめるという勇気をもってください

来年の受験を目指して気を引き締め、張り切っているご両親に対して、のっけからヘンなことを言い出すようですが、最初からあまり頑張らないでくださいね。小学校受験というのは、母親が頑張れば頑張るほど合格が遠のく――というヘンな一面があることを心の片隅においてください。

ある校長からこんな話を聞きました。
「面接のときに、この答え方でいいのかと、いちいち母親の顔色をうかがう子どもがいます。このお母さんはずいぶん頑張ったんだろうなとわかります。でも、この子は自主性がしっかり育っているのか、判断力が身に付いているのか、その辺が気になります。お母さんが頑張れば頑張るほど子どもの自主性がスポイルさせる例が多いのです」

校長や幼児指導の専門家から、異口同音に聞かされることは、母親が頑張りすぎるデメリットです。小学校受験は母親次第、お母さんが頑張らなくては合格しませんと煽っておきながら、その一方では、頑張りすぎるなというのですから、いい加減にしてよと言いたくもなりますね。

小学校受験というのは、いったん足を踏み入れてしまうと途中で「イチ抜〜けた」とはなかなか言い出しにくい世界です。最初から特定の小学校に合格しなければ公立に行くと割り切っているならいいのですが、2校も3校も受験して、運悪く(まさに運次第という世界です)、どこにも合格しなかった場合、お母さんの気持ちの整理がつきません。高校や大学受験でしたら、うちの子は遊んでばかりいましたからと言えますが、小学校受験は親の受験です。子どもを通して親(とくに母親の子育て)がチェックされる試験です。不合格は自分が否定されたも同然と錯覚してしまうのです。ミエもあります。とにかく、やっかいな世界です。

幼児教室に通いはじめた頃は、まだ受験準備のための試運転みたいな時期ですから、授業といってもお遊びが中心です。「週1回ではなく毎日通いたい」と言い出す子どもも少なくありません。幼児教室の先生方はプロです。お母さんだったら目をつり上げて叱るような場合でも子どもを叱りません。やんわりとたしなめます。教室に行きたくないと言い出されては困りますから。子どもにとって、幼児教室は「居心地のいいもう一つの幼稚園」みたいなものです。

でも、いつまでも「楽しいお教室」ではありません。年が明ける頃から本格的な受験準備に入ります。授業の内容も次第にむずかしくなります。家に持ち帰るペーパーの枚数も多くなります。躾も厳しくなります。毎月、本番と同じテストを実施する教室もあります。自分と同じ年頃のお友達が跳び箱を跳べるのに、どうして自分はできないのかと劣等感が芽生えて来ます。そのうち教室に通うのを渋るようになりますが、
多くの子どもは勉強するのはイヤだとは言いません。お母さんが恐いか、あるいは大好きなママをがっかりさせたくないからです。ボクはイヤだ、勉強なんか大嫌いだとゴネる子どもなら心配いりません。我慢してしまう子どもは心配です。

8月の夏休みから9月に入る頃になると、子どもにチック症状が出たとか、ちょっとしたことで母親につっかかるようになった、感情がコントロールできなくなった、夜泣きをするようになった、投げやりになった、勉強嫌いになった、成績が伸びない‥‥お母さん方の多くがこういった悩みに直面するようになります。
ここまで子どもを追い込んでいいのだろうか、子どもの性格が変わってしまうのではないか、このまま受験勉強を続けていいのだろうか‥‥。
しかし、せっかくここまで頑張ってきたのだから‥‥と迷いを振り切って、また頑張ってしまうのですが、あまりいい結果は生まれません。


受験する年の夏休みというと、これまで勉強してきたことの総仕上げと弱点克服、さらには志望校別対策など、この時期の過ごし方如何が合否を左右するといわれていますが、その大事な時期に、子どもに受験勉強をさせなかった父親がいます。夏休み前、子どもにチック症状が出たため、これ以上、勉強を続けさせてはいけないと判断したのです。夏休みは徹底的に遊ばせました。その結果、受験に失敗してもやむを得ないし、受験しなくてもいいと割り切ったのです。この子は9月には立ち直って、無事、第一志望校の立教小学校に合格しています。入試直前のいちばん大事な時期に勉強をさせないというのは、なかなかできることではありません。結果的に、志望校に合格できたからよかったものの、もし不合格になったり、受験をやめていたら、父親自身、自分の判断がよかったのかどうか迷うところでしょう。

この父親の場合、小学校受験にはあまり乗り気ではなかったと言います。「協力はするけれど100%賛成しているわけではない」というスタンスです。もっとも多い父親のパターンです。でも、だからこそ、「子どもにチック症状が出るようだったら受験をやめる」とすっぱりと決断できたのかもしれません。

最初から、脅すようなことを申し上げましたが、入試が近づくと、みなさん、ほぼ同じような立場に立たされます。受験の重圧に立ち向かうのではなく、とりあえずは逃げるという発想をもってください。

「こんなに大変な思いをさせるのなら、やめちゃおう」でいいのです。いつでも受験をやめるという勇気をもってください。1週間くらい受験勉強から離れていると、また、勉強したくなります。むろん、その時点で、本当に「イチ抜〜けた」でやめてもいいのです。私立に行かなければ子どもの人生は真っ暗というわけではありません。どっちにころんでもでもたいしたことはないのです。それくらいの軽い気持ちで受験に臨んでください。お母さんの負担がすこしはラクになります。


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