最近、ある校長先生との雑談の中で、「小さなザリガニを掴めないとか砂場の砂にさわれない子が増えた」という話が出ました。大きなザリガニはハサミがありますから子どもにはちょっと危険かもしれませんが、小さなザリガニならハサミで挟まれても痛くはありません。砂場の砂にさわれないのは、犬や猫がおしっこをしているから汚いし、寄生虫の危険があるからとママに止められているためです(手を洗わせればいいのです)。
ザリガニだけでなくトカゲやカマキリも怖がって近寄ろうとはしません(カブトムシは別です)。この校長先生の世代だと、子どもの頃にトンボの羽をむしったり、ヘビを見つければ石をぶつけたり、毛虫や芋虫をみれば踏みつぶしていたでしょう。そんな幼児期を体験している校長先生方の目には、最近の子どもは「ひ弱な生き物」と映っているかもしれません。
なぜ、最近の子どもは虫を怖がるかというと、理由ははっきりしています。パパやママがさわらせないから子どもも怖がるのです。子どもは石の下のダンゴ虫を見つければ掴もうとします。でも、ママはダメと言ってダンゴ虫にさわらせません。カマキリの赤ちゃんを見つけても、たぶんママはさわらせません。こうしてママの「虫は恐い・砂場の砂は汚い」という情報は確実に子どもにインプットされていきます。
誤解のないように申し上げておきますが、トカゲやザリガニがさわれないと受験に不利ということはありません。国立大附属でザリガニを別の容器に入れ替えるという試験がありました。こういう問題を出す狙いはわかりますが、子どもたちの生育環境を無視した出題です。都会には身近にザリガニがいるような小川や池がありません。でも国立大附属でこういう問題が出ると、デパートやホームセンターで買ってきたザリガニを洗面器などに入れて掴む練習をするんでしょうね。ちょっとヘンな光景と思うのは祖父母の世代だけかもしれませんが‥‥。
ザリガニを掴めないとか砂場の砂をさわれない子は何が問題なのか。冒頭の校長先生は「野性がスポイルされてしまうことです」と言います。最近の若いパパとママは、赤ちゃんがハイハイをするようになると、行く手に邪魔なものがあればさっと片づけます。段差があると危ないと注意するか抱き上げます。駅の階段の上り下りも危険だからと抱き上げてしまいます。ちょっとでも危ないものはさわらせないようにして育てています。
こうして真綿で包むようにして育ててしまうと、子どもが本来もっている好奇心や意欲、行動力、我慢、判断力、想像力などがスポイルされてしまうのは目に見えています。石の下に何がいるのだろうという好奇心は石をどけて自分の目で確かめるという体験をしないと育ちません。石に躓いて痛い目に合ってはじめて、目の前の障害物が危険かどうかの判断力が身に付きます。何かに躓いて倒れたときに顔が先に落ちる子がいます。とっさに手を出して顔をカバーするという防御本能が働かないのです。
好奇心や意欲、行動力、判断力、想像力などは、子どもの「野性」という部分と密接に関係しています。教育も躾もしないでほったらかしにすれば野性そのものですが、干渉が過ぎると野性がスポイルされてしまいます。要するに、過保護や過干渉は子どもをひ弱にするということですが、何が過保護で何が過干渉かをどこで線引きをするか、その辺の見極めがむずかしいと思います。
どうでしょうか? 客観的にお子さんをご覧になって、野性的なたくましさはありますか? どんな学校でも「ひ弱で頭デッカチな子」は敬遠されます。