はじめての幼稚園・小学校受験

第3回●幼児教育の要諦は「耳元で囁く」

 
 
 伸芽会の創立者、大堀秀夫さんは、かつて小学校受験の世界では“神様”といわれていた人です。ピーク時の生徒数は8000名を超えていました。現在でも大手の一角を担っています。
 その大堀さんに幼児指導の秘訣を聞いたことがあります。こんな答えが返ってきました。
 
「子どもの耳元で囁くだけでいいんです」
 耳元で囁く――いろいろな意味が含まれた言葉です。感心したことの一つは、親と子の位置関係です。机を挟んでお母さんと子どもが真正面に向き合うのではなく、お母さんはお子さんの後ろか、横にいるという関係でしょうか。あるいは洗濯物をたたみながら、お子さんにふっと話しかけるという光景が浮かびます。「その積み木、タテにしたら面白そうね」「マルが上手に描けたね、今度は三角が描けるかな?」というお母さんの囁きが聞こえてくるようです。教え込むというイメージはまったくありません。

 「子どもには教えようとするな」が大堀さんの口癖の一つです。教えようとするから、理解できたかどうかをチェックしたくなる。何度教えてもわからなければ、ついカッとなって叱ってしまう。幼児の指導でこれが一番いけないパターンだそうです。
 
「お子さんを真正面から見ないでください。見ていないけれど視野に入っているという状態でいいのです。勉強だけでなく、子育てでもそうしてほしいと思います」
 プログレス幼児教室の前田かほるさんは、そう言います。

 子どもを見るな――と言っているようなものですが、むろん、ほったらかしでいいというわけではありません。子どもの一挙一動を見ていれば口も手も出したくなる、それが子どもの自主性や好奇心、思考力の芽を摘んでしまう。だから、「子どものことはちらっと見るくらいでちょうどいいのです」と言います。子どもを「見守る」という姿勢に徹していれば、過保護も過干渉もないかもしれません。

 「過保護や過干渉がいけないことは誰でもわかっています。他人の子育てをみれば、口を出しすぎ、手をかけ過ぎとすぐわかります。でも、わが子となると、母親には冷静な判断ができません。わが子の場合は別なのだと過保護・過干渉を正当化してしまいます」と前田さんは言います。だからこそ、母親には「見ない。でも視野に入れておく」というスタンスが大切なのでしょう。

 それは就学前の子育ての現実を知らない人の考え、とても理屈通りにはいかないと反論が出そうです。まあ、そうかもしれません。子どもの耳元で囁くどころか、「何度教えたらわかるの、バカじゃないの!」と怒鳴りつけてしまったお母さんもいます。「バカと怒鳴ったのは1回ですか?」と聞いたら、「100万回です」とあっけらかんと笑っていました。

 同じ年に、長女が中学受験、長男は小学校受験、次女は幼稚園受験というお母さんの話を聞いたことがあります。3人の子どもを同時に受験させたのです。どんな状態だったか、想像するのがコワいですね。

 「私なりにずいぶん注意していたつもりですが、しょっちゅうイライラしていたみたいです。弟(小学校受験をする長男)の勉強は私が見るから、お母さんはお風呂に入ってとか、この子はまだ小学生にもなっていないんだから、そんな教え方じゃダメって、ずいぶん長女に叱られました。一時期、末の娘は、私に叱られると、お姉ちゃ〜んお兄ちゃ〜んと上の二人に甘えるんです。そうすると、長女は本当はやさしいママなんだからって慰めていました」

 双子のお子さんを同時に受験させたお母さんもいます。お二人が異口同音に言っていたことは、「ヨソのお子さんと同じように、もっと手をかけてあげたかった」です。十分に勉強を見てあげられなかった、もっと親身に世話をしてあげたかったという悔いが残っているのです。でも、十分に手をかけてあげられなかったから、それぞれ志望校(園)に合格できたのかもしれません。
(2004.10.8掲載)
 

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