|
たった1行が合格を決定づけたというケースがあります。プライバシーに触れないように概略を御紹介します。
あるお母さんからメールをいただきました。私立小学校の編入試験を受けたいが、父親がいないために、いろいろと不利だと思う。ついては願書と面接対策に関して、アドバイスいだきたいという内容でした。編入試験の半年前だったと思います。お子さんの受験指導に関しては近くの進学塾に通うとのことでした。
願書の保護者欄には父親の名前が空白となります。同居家族欄には高齢の祖父母の名前が記載されています。この願書を読んだ面接官はどんな印象をもつのか。その一点が気がかりでした。経済的な不安はないか、祖父母と母親だけという環境の中で、子どもは甘やかされて育っていないか‥‥こうした先入観を持たれるかもしれないというハンディがありました。これこれの事情で何も不安がないということを事細かに願書に書くわけにはいきません。
とりあえず、「お子さんがどんな生き方をしてほしいか」というテーマで書いていただきました。字数に制限を設けずに、文章の上手下手は考えずに、とにかく思いつくままに書いてくださいとお願いしました。
お母さんとのメールのやりとりは20通を超えました。何回も何回も書き直しをお願いしました。メールのやりとりが始まって、しばらくしてから、「子どもは父親の顔を知りません。この子が生まれる1か月前に、この子の父親は交通事故で亡くなったからです」という書き出しで始まる一文をいただきました。実は、この1行を読んだ瞬間、「これで受かった!」と合格の2文字が頭に浮かびました。
この1行を読んだときはショックに近い驚きを感じました。どんなに著名な作家でも、最初の1行をどう書き出すか、この作業に何日もかかったという話はいくらでもあります。たぶん、このお母さんは、文章に凝らないでほしい、思いつくままに、そして、目の前の人に語りかけるような感じで書いてほしいという私どもの注文に対して、何をどう書いたらいいかに行き詰まった結果、何かの拍子に、ふっと口をついて出てきた言葉をそのまま文字にしたのだと思います。
「御校の教育方針に賛同しました」「学校説明会での校長先生のお話に感銘を覚え」など、判で押したようなことが書かれている中で、子どもは父親の顔を知りません‥‥この1行で読み手は、いきなり心臓を鷲掴みされたようなショックを受けるはずです。出だしの1行が決まれば、後に続く文章は、ちょっとぐらい抽象的でも、あるいは平凡なことでもいいのです。
この1行を読んだとき、面接官(校長)の心はどう反応するのか。出産1か月前に夫を亡くすというショックからよく立ち直った、定年退職後の両親を抱えて、よくぞ子どもをここまで育てた、どんなにか大変だったろう‥‥とさまざまなことに思いを巡らせると思います。
「わが子には小さい頃から自立心を持たせました」と書いてあれば、たとえ具体的なエピソードがなくても、読み手は十分に納得します。同居する祖父母は躾を厳しくしてくれましたと書いてあれば、そうだろうなと共感してくれます。曖昧なことが書いてあっても、きっと、この母親はこう言いたいのだと好意的に解釈してくれます。文章にも第一印象があるということです。「これで受かった!」と思ったのは、この1行が読み手の心をしっかりと捉えると確信したからです。
合格通知をもらうまでのメールのやりとりを逐一書くわけにはいきませんが、この1行があったおかげで願書と面接対策はきわめてスムーズにいきました。面接に備えて、いくつかの質問例を送りましたが、そのうち2問は想定内だったようです。なお、面接官から質問されない限り、こちらから苦労話は持ち出さないようにお願いしました。
いずれ、みなさんは、願書を前にして、「どう書いたらいいのか」と悩むと思いますが、悩むだけでは、読み手の心を打つ言葉は出てきません。何回も何回も書いているうちに、ふっといい言葉が生まれます。それには、できるだけ早めに願書対策に取り組んでください。
|