願書と面接は密接に関係しています。面接官は、願書に書かれている内容をベースにして質問しますから、願書にどんなことを書いたかが、面接の成否に大きく関わってくるといえます。願書のコピーがお手元にあると思いますので、面接官になったつもりで願書をご覧になってください。あんなにも一生懸命に書いた志望理由なのに、校長の立場に立って読むと、意外と「平凡な志望理由」になっているかもしれません。
願書を提出したときは、これでほぼ完璧と思ったのに、読み手の立場になると、「この子・この家族を受け入れたい」という気にはならない‥‥。なぜ、この違いが生じるかというと、書き手は、いかに志望校の教育方針を理解し、こんなにも熱心に入学したいと思っているということを訴えますが、読み手の視点は違います。志願者が教育方針をよく理解していて、本気で入学したいと思っているのは、最低限のレベルであって、いわば当然。読み手が本当に知りたいのは、「この子・この家族を受け入れた場合、どんなプラス効果があるのか」です。それを願書や面接で見極めたいのです。この視点の違いを理解していないと、面接官と保護者の話がかみ合わずに、「流れ作業的な面接」になってしまいます。
保護者から送られてきた願書や面接資料は、いきなり面接の現場に持ち込まれることはありません。面接を担当する先生(多くの場合、校長先生ですが)が事前に目を通しておくのがふつうです。応募者が多い学校では、最初に入試担当の先生がざっと目を通します。その際に、面接官に知っておいてほしい箇所にマーカーでチェックをいれるケースもあります。
どんなときにチェックが入るかというと、常識的には、「この願書の特徴はココですよ」とか「この部分を面接で質問してください」というケースです。合否の決定権をもたない担当者が、願書にABCなどとランクをつけることはちょっと考えられません。ただ、校長先生が事前に目を通す場合、「この親御さんはおもしろそうだ」「なかなかユニークだ」「うちの学校向きの家庭だ」「この親御さんはどうかな?」といった印象をもち、メモをしておくという話は耳にしたことがあります。
何も印象が残らない願書の場合、面接では、「まず志望理由をお聞かせください」とか「本校を知ったきっかけは何でしょうか」といった質問が出ることが多いようです。願書に書かれた志望理由が曖昧か、もしくは願書の記載事項に何も興味をひくものがなかったということです。
願書に志望理由が書かれているのに、あえて志望理由を聞くのはなぜですかとある校長先生に聞いたことがあります。「まあ、念のため」と言っていましたが、10分足らずのうちにいろいろなことを聞いたり観察しなければならないのです。にもかかわらず、記載されていることをもう一度聞くというのは、要するに、ほかに質問したいことが思い浮かばないのです。こういう場合、どうしても型どおりの面接になるでしょう。ほかに聞くことがないのでやむを得ません。
願書に記載してある内容と重複していたとしても、どんな答え方をするかによって、教育方針に対する理解度や熱心さ、あるいは保護者の人柄などを推測できるということでしょうが、それでは、「ふつうの評価」です。「この子・この家庭を受け入れたい」という積極的な評価はむずかしいと思います。